足跡の記録2019
〇身元不明の仏像
真宮神社内に安置されていた仏像を譲り受けたもの。元の所在は不明
〇三河善光寺(無量寺)
天正十九年(1591)に家康より諱字を与えられ康紀と称した、本多伊勢守康紀が元和年中(1615‐1624)に建立したと伝えられる。このお寺はもと明大寺殿橋の南道路の側にあったが、度重なる風水害に遭ったため文化二年(1805)に現在の地に移転した。
・馬馬頭観音 馬頭観音は頭の上に馬が乗っているのが通常、こちらは馬に乗る珍しいお姿。顔が三面、腕が8本、額にも目がある。 伝説では昔、行基が一本の杉の木から七体観音像を彫刻したうちの一体であるとされる。元は頭の上に馬を乗せる通常の馬頭観音であったが、洪水で本堂ごと川に流された際に、この像は頭の上の馬に乗り大川から脱出した。12年に1度のご開帳があるが「午年」ではなく「羊年」に行われる
〇諸神神社
〇江川をたどる
暗渠になった水路は流れを変える前の矢作川の流れだったかもしれない。詳細
〇三嶋神社 祭神 大山積命、猿田彦命、若一皇子
「いわしのすきな明神さん」
江戸後期、文政の頃、“なまず”と呼ばれていた腫れ物(皮膚病)に悩む地元の娘がいました。三嶋神社にいろいろなお供え物をして娘の腫れ物が治癒するよう神頼みをしましたが、いっこうに良くなりません。そんな中、たまたま手に入った新鮮なイワシをお供えしたところ、その腫れ物がすっかり治りました。そのお礼として、魚の“なまず”の絵馬を奉納した
〇六名神社
天神社・稲荷大明神・秋葉神社が合祀
〇善立寺
1467年(応仁元年)に日護が安城に創建。1497年(明応6年)、安祥城主松平親忠より田地3反が寄進。その後親忠のひ孫松平清康が岡崎城に入ると、1532年(天文元年)に本寺も岡崎へ移転。南側の石垣に積み方が異なる修繕した跡がみられる。
〇特順寺
十王町の由来になった十王堂がある。壁に屋根が書かれている。
〇荒薙神社
荒薙教(あらなぎきょう)は岐阜県美濃加茂市に本部をおく神道系の宗教団体。1900年(明治33年)に開教。 JR高山本線古井(こび)駅近くにあり、一般に「こびの天狗山」として知られる。天狗を神の使いとする。「敬神崇祖」を旨とし、祈祷では祝詞に先立ち「六根清浄祓」を唱え、祝詞終了後は「般若心経」を唱える。
教祖 戸田よき
祭神 荒薙大神、御嶽大神、白姫明神
行事
1月中 初詣
2月 1日 星祭、豆まき
3月10日 人形供養祭、最上稲荷祭
4月29日 教祖祭
7月24日 施餓鬼供養、子育地蔵尊祭
10月21日 荒薙教大祭
11月中 七五三詣で