柿田川をたどる 2017.12



井ノ口城址でもある裏手は囲むように堀として使ったと思われる川(柿田川)は一方は南に流れ、一方は東に流れているように見えます。



東の流れ

井ノ口稲荷から東に延びる柿田川はいったん暗渠になり南下、民家の間にひっそりし現れます。しばらく東に延び、再び姿を消します。


ところが鴨田郵便局がある十字路の民家の脇に三度姿をあらわします。地図では水が流れているように見えますが実は埋まっていました。ただ実際の民家の写真では川幅が残っていることがわかります。

この間はどこを通っているのでしょうか?

ちょうどこの間に道幅が広がった区間区がありその下を流れていると推測しました。実際は今はなき名鉄挙母線跡だったようですが、その付近を流れていることは間違いないようです。

柿田川のその先はもう少し南下し、東におれ、九品院につながると地元の方から聞きました。



南の流れ

 南下する柿田川は248に沿うよう大樹寺小学校の脇を越えたところで暗渠になり、川幅を歩道に変えて井田城へと続きます。2013年にこの辺りを巡ったときの写真を振り返ると、確かに歩道専用道が通っていました。この歩道をたどると広幡小幼稚園脇に出ます。

 ここからは伊賀川に沿う形で観音寺の脇を通り、元能見公園、連尺小学校に至ります。柿田橋は伊賀川かかっていることになりますね。

 この間(おかざき環状線から、元能見公園)は柿田川緑道として整備されているようです。

 

参考

・Googlestreetview

・http://mapio.net/s/79420313/